谷崎潤一郎「麒麟」
まだ自分は「論語」を熟読したことがない。
鳳兮鳳兮、何徳之衰也、往者不可諌也、来者猶可追也、已而已而、今之従政者殆而、
『鳳よ、鳳よ、お前の徳はどうして衰えてしまったのか。過ぎ去ったことは諌めても仕方がない、これからのことを考えよう。やめておけ、やめておけ、今の政治に携わるのは危険なことだよ』。
『鳳よ、鳳よ、お前の徳はどうして衰えてしまったのか。過ぎ去ったことは諌めても仕方がない、これからのことを考えよう。やめておけ、やめておけ、今の政治に携わるのは危険なことだよ』。
こんな前文で始まる麒麟だが、これは最後にかかる大きな伏線であることは間違いないだろう。
最初に出てくるのは歌い、落穂を拾う老人の姿だ。
全てを望まず死すら楽しむ老人。
「死と生とは一度往つて反えるのぢゃ。ここで死ぬのは、彼処で生れるのぢゃ。」
つまり、生と死は行ったり来たりするもので恐れるものではないというのが老人の持論だ。
全てを望まず死すら楽しむ老人。
「死と生とは一度往つて反えるのぢゃ。ここで死ぬのは、彼処で生れるのぢゃ。」
つまり、生と死は行ったり来たりするもので恐れるものではないというのが老人の持論だ。
最初の文(政治)と遠く離れて過ごす老人の下を過ぎると
孔子は衛の都に入る。
その都は君や妃を喜ばせるために民が苦しむ。そんな町だ。
その都に流れる鐘の音は民の呪いと苦しさを響かせる。
その都に流れる鐘の音は民の呪いと苦しさを響かせる。
そこの国の王は美色を求めて夫人を得て、四方の財宝を集めて宮殿を作った。
それを叶えた王が次に望むのは天下を平げる術だった。
それを叶えた王が次に望むのは天下を平げる術だった。
孔子にそれを聞こうとする王。
力を以て諸国を屈服する覇者の道と、仁を以て天下を懐ける王者の道との区別を知らせた―
しかし、王の夫人は夫の心を支配する力を失ったことに激しく嫉妬心を燃やし、
自己の持つ権力と美貌を以て孔子を伏せるつもりだった。
自己の持つ権力と美貌を以て孔子を伏せるつもりだった。
現に、近づく美女は排除し、自分だけを、自分のためだけに愛する伴侶を求めた。
贅沢な香が振りまかれ煙に魂の悩みを注ぎ、甘露のような酒を呑んで体の括りを緩め、甘い肉を舌に培う。
しかし、孔子は眉を顰め悲しい顔を止めようとしない。
夫人の悪徳を口にしたものは哀く叫び、王の心を引いたものは体を切られ、鎖につながれる。
王は色香に揺らぎ夫人にすがり、道徳より政治より快楽を選ぶ、
これが衛の国を去る時の孔子の言葉だった。
最初に戻るが「今の政治に関わるのは危険なことだよ。」
一人の女に従わざる王とそれに苦しめられる国の民。
孔子の手をすり抜け至高の色香に揺らぐものなんと多いことか。
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