谷崎潤一郎「秘密」
この世で一番尊く、一番儚いものは恐らく嘘と秘密だろう
・・・と思う。
どちらもビードロのように薄く綺麗で、割れる時には粉微塵と化す。
そして誰しも一度はひっそりと植物のように浮世から離れる夢をみることと思う。
普段見ている世界は一枚絵のようでちょっと立体的にみると不思議な感覚を覚える。
Googleストリートビューで見る建物も、表だけ見て、裏の風景をあまり見ない。
そんな 夢の中で屢々出逢ふことのある世界の如く思われた別世界に身を置いて
騒擾を傍観しながらこつそり身を隠して居られるのが、愉快でならなかった。
主人公の男は惰力のために生きる日々に耐えられなくなり、
余程色彩の濃い、あくどい者に出逢わなければ、何の感興も湧かなかつた。
ありきたりを捨て、人にばれない様に行動をするだけでもどこか背徳感と得
散らした本と焚いた香とが部屋が一種の灯篭のように幻惑的に仕上げていく。
ある日、袷を肌に纏い、白粉を伸ばして紅を引き女性と化して街を歩く。
袷と共に“男”という「秘密」を纏い歩く夜道。
そして戻ってだらりと横になれば廃頽した遊女のような己の姿。
日増しに大胆になる行動。
婀娜っぽいところ、器量までも纏い映画館へ行った男はほんのひと時だけ逢瀬した昔の女と会う。
自分の「秘密」が霞むほどの美しさを持ち、「女としての敗北」と「男としての征服欲」を同時に味あわされたのだ。
Arrested at last―
直訳すると「ついに見つけた」だが、少し味気ない。
どこか頬に手を当てられ、『みぃつけた』ぐらいの方がそそる。
彼女に鉛筆で殴り書きのメッセージとともにもう一度逢うことを望む男。
袂にそっと投げ入れれば、帰り際そっと「Arrested at last.…」と囁かれる。
気づいていたらしい彼女と、帰ってから頭巾の裏から出てきた返事の手紙。
逢引の了承と同時に秘匿せねばならぬお互いの座所。
袷襟のように重ねられる秘密に溶けるのは通塗のこと。
女の素性も夢とも現実ともつかない曖昧とさせる部屋へ通う日々。
しかし秘密という壁を超えるように好奇心は湧き上がる。
夢の女に恋すれば現の女は捨てられる
往来こそが最大の秘密であると女は知っていた。
一瞬の目の解放と同時に目に入る見知らぬ風景。
瞬きに勝る刷り込みは無く、男は手掛かりと共に揺れる秘密の水面をのぞき込む。
そこに映ったのは一人の寡婦。
秘密を解いた男の愚かさと惚れた女の浅ましさ。