本を味わう

読むと忘れるので本の感想とか・・・

谷崎潤一郎「刺青」

其れはまだ人々が「愚」と云ふ貴い徳を持つて居て―
 
 
ここでは「愚かさ」が何よりも尊い「徳」なのだ。
時々賢い者をそうでないものとに分かれるが、それとは違う。
 
誰もがおべっかを使って緩い温い世間の中では
美しい者は強者であり醜い者は弱者であつた。
 
 
その中で「生きながらの美しさ」として刺青があった。
肌を削り、絵の具を注ぎ、自身を一つの美作品として生きる時代の
一人の刺青師の話として作られている。
 
 
 
元々浮世絵師として生き、あくまで“堕落”と称されているが
優れた書道家が和紙を選ぶように、彼もまたカンバスとなる肌と骨組みを選ぶ。
そして針で刺し、苦痛に歪むその姿に快楽を得、対価として何物をも魅了する生きとし作品を彫り出すのだ。
 
その彼がまさに理想のカンバスとして選んだ女がいた。
 
拇指から起つて小指に終る繊細な五本の指―
絵の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ詰めの色合ひ―
珠のやうな踵のまる味―
清廉な岩間の水が絶えず足下を洗ふかと疑はれる皮膚の潤沢―
 
足の表現でこんなにも艶めかしく画けるものかと思うくらいの文の運び。
 
 
彼が見たのは男のむくろを踏みつけ、あでやかな血汐を吸う女の姿。
男を魅了してやまない暴君末喜(妲己という説もあり)の巻物と桜の幹にもたれ、伏す男たちの屍骸の絵
 
 
彼は会おうと駆け寄るが女の姿は無い。
その駆ける衝動を忘れぬまま彼がその女と再び逢ったのはその1年後。
 
 
自分の魂を刷り込み、恋で彩る。
彼の動く手の一つ一つが霊(心)であり、ふくる緋色は彼の命の滴りだった。
 
 
滴りが八方へ広がり、女の背に女郎蜘蛛を描き出す。
 
 
 
男が刺した蜘蛛は8つの足で女を抱き、
男の惚れた足先は男を肥料とするに相応しく
 
 
男は魂を蜘蛛に捧げ、その蜘蛛は女の背から臆病を捉え、喰らい尽くす。
蜘蛛は巣食い、獲物を捕らえる。
 
 
餌となる男の生血に肥え太る絵巻の女を暗示して終わりを向う。

 

刺青

刺青